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050 喪失感

last update Last Updated: 2025-05-17 19:00:24

 浅い眠りから覚めて。

 ぼんやりと天井を見つめる。

 そして思った。

 青空姉〈そらねえ〉はもう、いないんだと。

 話すことも、触れ合うことも出来ない。

 これまでずっと、当たり前のようにいた存在。

 これからも一緒なんだと、信じていた家族。

 いくら望んでも、願っても。

 もう会えないんだ。

「……」

 心が喪失感で埋め尽くされていた。

 何もする気にならない。指一本、動かしたくない。

 そう思う日々が続いた。

 * * *

 これまでずっと、絶望にさいなまれながら生きてきた。

 その彼の中にあった、唯一の希望。

 唯一の光。

 それが突然失われた。

 もう生きる意味がない、そう思った。

 だが、それが間違いだと告げる者がいた。

 星川海という存在。

 自分と同じく、絶望という十字架を背負った女。

 その彼女が今、大地に寄り添い、支えようとしていた。

「ほら大地、ご飯出来たわよ。少しでいいから食べよ?」

 そう言って大地を覗き込み、微笑む。

 こいつ……またこの顔をするようになったな。そう思った。

 嘘くさい笑顔。

 だがそれも仕方ない。彼女にとっても青空姉〈そらねえ〉は、とてつもなく大きな存在だったのだから。

 以前言っていた。

 自分にとっても、青空〈そら〉さんは姉のような存在なんだ。

 いつかお姉ちゃんって呼んでみたいんだと。

 大地は寝ころんだまま、首を振った。

「食べたくない? じゃあほら、せめて水分だけでも」

 そう言って口に水を含み、大地に口づけする。

 水が口から溢れ、枕を濡らす。

 ゆっくり、少しずつ水が喉を通り過ぎていく。

「でも大地、流石にそろそろ何か食べないと。どんどん痩せていってるわよ」

 そう言われ、かす

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